アリスの創作広場

小説家志望のアリスです。作品はフィクションです。実在の個人、団体、法令、法則とは一切関係ありません。

JK部 01


 部室の中に人の気配がする。念のために、異状がないか確認してから扉を開ける。今ではもう習慣になっている。

 「遅かったのね」

 「ああ、ちょっと呼び出されてね」

 「また、何かしたのかしら?」

 「何にもしてねえよ」

 遅れるといつもこれだ。そんなに俺を悪者にしたいのだろうか。

 

 ◇

 

 インターネットが当たり前になり、2020年頃からほとんどの情報家電がIoTで結ばれるようになった。

 情報通信技術の発展は留まるところを知らない。企業は新しい技術に飛びつき、人々は便利さに慣れていった。一方で、社会の仕組みはゆっくりとしか変わらなかった。法整備も追いついていかず、実情とは全然合っていない。

 そのような中で、存在感を増してきたものがある。保守、セキュリティサービスと、カウンセリング業である。

 父は総務省の情報セキュリティ対策室に勤めていたが、二年前に退職し、情報セキュリティ会社を立ち上げていた。俺も高校生ながら、仕事を手伝わされることがある。最近は学業よりも、仕事の方にばかり気がいってしまっている。

  ◇

 学校では、情報研究部に所属している。略してJK部である。ただし、俺は男子高校生だ。二年生なのでJK2だ。情報研究部には女子もいる。目の前にいるのがJKだ。

 ※

 怪しいメールを開いてしまったり、アダルトサイトからの架空請求の話をよく聞く。ハッキングされたという話もあるが、思い込みによるものが多かった。

 プライバシーの侵害、いじめといった昔からのトラブルがこの時代になっても続いていた。むしろ、ツールが増え手軽になったため、軽い気持ちでトラブルを起こすことも増えたし、陰湿なものも増えてきた。

 ◇

  俺はJK部が好きだ。紛らわしいけど、JKが好きとは言ってないから、そこんところ、勘違いしないように。いや、JKも好きだけど、口に出すと殺されるし。

 うるさい先輩もいないし、活動も適当で何をしていてもいい。寝てようが、ゲームをしてようが、動画を見ていようが、まったくもって自由である。静かでくつろげる空間だ。もちろん、厄介ごとが持ち込まれなければという条件があるが。

 

 半分うとうとしながら、部室でタブレットの動画をながめていたときにノックが聞こえた。

 「どうぞ」

 文庫本を読んでいた浅川が応じる。浅川は情報研の部長だ。そして、俺の幼馴染でもある。情報機器に興味があるわけでもないのに、不思議なことにJK部にいる。しかも、もっと不思議なことに俺をさしおいて部長である。まあ、部長とかめんどくさそうなものは全くやるつもりがないからいいが、浅川にこき使われるのは、しゃくにさわる。

 浅川の声が聞こえなかったのだろうか。部室のドアが動かない。

 「空いてますよ、中へどうぞ」

 浅川の通る声が再び響いた。ドアがゆっくりと開き、部室を風が通り抜ける。来訪者が、ゆっくりと入って来た。一人だけのようだ。

 「失礼します」

 やっと聞き取れるかどうかの声がし、俺は声の主へと顔を向けた。

 しばらく沈黙が続く。

 声の主は何か言いたそうにしているが、言葉にはなっていない。

 「あなた一組の山科さんよね。美術部の」

  「あ、はい、そうです、二年一組の山科久美といいます。こちらは、情報研究部ですよね」

 浅川の知り合いか。顔は見たことがあるが、初めて聞く名前だ。肌の色は浅く、運動はしていなそうだ。背もそれほど高くない。目鼻立ちの整った顔だ。恥ずかしそうにしていると、俺的にはさらにポイントが高い。平均的な体形で胸は控えめだ。人物の評価に胸などどうでもいいかもしれないが、ごく平均的な男子高校生として、胸に視線が行くのは、仕方ないだろう。スカートからは膝が見えているが、下品な短さではない。足もきれいだ。

 「そうだけど、何か用かしら。もしかして、入部希望?」

 入部希望だとしても、そんなぶっきらぼうな言い方だと、みんな逃げ帰るぞ。新入部員お断りみたいな言い方は控えてほしい。

 「いえ、ちょっと、相談したいことがあって」

 「相談って、何かしら?」

 また沈黙。もじもじしている。浅川が睨むように見ている。

 「おいおい、そんな聞き方じゃ、話せるものも話せなくなるだろう」

 「あら、ごめんなさい、最近色々あって、ちょっと警戒してしまったわ」

 初対面の人を警戒するのは悪くはないが、ここは学校だし、しかもこんなかわいい子が悪い人のはずがない。と、思いたい。

 「山科さんは悪い子には見えないよ」

 「どうしてそう判断できるのか聞きたいけど、今はいいわ」

 「まずは座ってもらって、ゆっくり話を聞こうよ」 

 「そうね。気が利かなくてごめんなさい。でもその前に、女性の体を舐めまわすように見るのやめなさい。ニヤついてて、気持ち悪いわ」

 おっと、そんなつもりはなかったんだけど。顔に出ていたか。気を付けないと。

 「はいはい、わかりました」

 「はいは一回」

 「はいっ」

 山科さんは、俺たちの言葉のキャッチボールを目で追っていた。キャッチボールと言うよりは、俺が千本のックでしごきを受けている気分なんだが。山科さんの目が往復しながら、徐々に表情が緩んできていた。しごき無駄ではなかった。スカートの裾を押さえ、背筋を伸ばして座った。

 「お二人は仲がいいんですね」

 「どこが?」

 ハモった。緊張していたのは山科さんだけではなかったのがわかった。

 ほどよく空気が柔らかくなったところで、山科さんが話をしてくれた。

 

 ◇

 

  「改めて紹介するわ。私は情報研究部部長の浅川絵里。そしてそこに転がっているのが上原卓也

 「一組の山科組です。よろしくお願いします」

 「よろしくね。って、俺は粗大ゴミかよ」

 「そんなに褒めたつもりはないわよ」

 「やっぱり仲がいいんですね」

 山科さんが笑っている。まいっか。そういうことにしておこう。

 「今日は相談したいことがあって来ました」

 山科さんが話し始める。すっかり落ち着いたようだ。

 「相談って、何かしら?」

 「最近誰かにつきまとわれているみたいなんです」

 「あれ、ちょっと待って」

 「あ、はい」

 せっかく話し始めてくれたのに、中断させて悪いけど、ここは何でも相談所ではない。

 「ここは情報研究部だんだけど」

 「知ってます」

 「友だちに相談したら、情報研に来ればいいって言われたんですけど。新学期の事件も情報研が解決したんですよね」

 「いや、あれは偶然・・・。というか、何で知ってるんだ?」

 「いいじゃないの、そんなこと。困っている人がいるなら話くらいは聞いてあげましょう」

 「浅川がそれでいいなら、俺は別に」

 「なら問題なし。山科さん、続けて」

 「誰かに付きまとわれてるというか、見られてるようなんです」

 「ストーカーかしら」

 「ちょっと違うかもしれません」

 「違うというと?」

 浅川が、山科さんと話しているすきに、俺はタブレットで山科さんの情報を確認する。

 以前の事件で学校のネットワークの情報を引き出せるようになっている。本来なら、事件解決後にはつながらないようにする約束だったが、そんな約束を律儀に守る義理はない。

 浅川さんの成績は上位組。欠席は一年時に二回。遅刻早退なし。同居の家族は母親のみ。父親については不明。過去の交友関係のトラブルや身体的な特記事項なし。

 色白だが、特に体が弱いというわけではなさそうだ。

 「誰かに付けられていたり、家まで押しかけてきている様子ではないんです。でも、家の中のことをよく知っているみたいなんです」

 「よく知っているというと?」

 「食事の時間、室内の服装、寝たり起きたりの時間まで。ほかにも・・・」

 「そうね、その話だと、まるで山科さんの家の中にその人がいるみたいね」

 よくある話のような気もするけど、何か変だな。

 「知られているっていうのは、何でわかったの?」

 スマホを見ながら聞いた。

 「朝起きると、スマホにメッセージが届くんです。おはようって。寝るときも、電気を消すと、お休みってメッセージが入るときがあります」

 「ええっ、それ怖すぎるわ」

 「怖いです。朝ごはんの時も、メッセージで『今日もパンなんだね』って来ます」

 「こわっ、本当に見られる気がするわね」

 「あと、『新しいピンクのパジャマ買ったんだね。前のはどうするの』っていうのが来ました」

 山科さんがスマホを操作して、浅川に見せている。

 「ほんとだ、なにこれ。怖い」

 新しいのがピンクなら、前のは何色なんだろうと、ふと思った。

 「ですよね。私も、いつも見られている気がして、家で気が休まらないです」

 「だよね。私だったら、怖くて家に帰れなくなるわ」

 なるほど、そこまで深刻ではないのかもしれない。SNSも見たが、山科さんを中傷するような書き込みは特に見当たらなかった。ただ、これだけでは情報不足だ。いくつか山科さんに確認しておく必要がありそうだ。

 「山科さんって言ったっけ?」

 「はい、山科です。山科久美です」

 「いくつか聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 「あんまりイヤらしい質問はしないように!」

 「そういうこじゃないよ。いや、待って。そうか」

 「何か思いついたの?」

 「まだわからない。わからないから聞きたいんだ」

 スマホから顔を上げ、山科さんの目を見る。

 「今までのメッセージで一番危ないのって言うのはどんなのだった?」

 「危ないって、どういう意味ですか?」

 「聞きにくいんだけどね」

 ちらっと、浅川を見る。

 「え、何。まさかエッチなことを!」

 クッションの投擲体勢に入っていた。

 「いや、ちょっと待ってよ」

 「もし仮にね、山科さんの家の中にストーカーがいたとして」

 「え、やっぱり家の中にいるんですか?」

 気持ち悪い物から身を守ろうとするかのように、女子二人とも怯えて胸の前でぎゅっと握った手をクロスさせている。山科さんはわかるが、浅川、おまえは違うだろう。

 「いや、いないと思うけど、もし仮にという話だよ」

 「よかった」

 心の底からホッとしているようだった。

  「もし仮にそういう奴がいたとしたら、いや、俺がそのストーカーだったら、どうするかなって思って」

 「あなたのストーカーはシャレにならないからやめなさい」

 浅川は本気で言ってそうで怖い。シャレにならない。

 「ストーカーが男とは限らないけど、もし男なら食事とかパジャマとか、そんなことではなく、もっと際どいものを知りたい、見たいって思うはず」

 いや、男に限らず女でも思うはずだ。目的が何にせよ、そんな軽いもので済ませるはずがない。

 「際どいもの?」

 俺が山科さんの顔から視線を下に移すと、浅川が叫ぶ。

 「ちょっと、何イヤらしいこと考えているの!」

 「イヤらしいことって?あっ」

 驚いたように、また山科さんが胸をガード。顔も真っ赤だ。

 「パジャマとかそんなんじゃなくて、下着とか、もっとこう・・・」

 「何考えてるの、スケベ!」

 飛んできたクッションをかわした。だから俺じゃないっての。

 「もし仮にって言っただろ。俺じゃないって」

 二人して俺を睨んでいる。女子に睨まれるのも悪くないなと思ったが、このままでは泥沼だ。

 「もしストーカーが、山科さんのそういう際どいのを見ることができたとして、それを山科さんに知らせない理由ってなんだろう」

 「そうね、どんな理由があるかしら」

 二人とも、俺を睨むのをやめ必死に考えている。

 「今は黙っておくだけとか」

 「黙っておく理由がわからないな」

 俺は、山科さんの下着姿を想像してみた。想像の中で、山科さんが下着を取り、シャワーを浴びる。湯気をまとった山科さんの顔と目の前の山科さんの顔が重なる。

 「何ニヤついてんの!」

 こんどはクッションをかわせなかった。

 「ストーカーであれば、自分の存在を知らせたがる奴が多いから、もしそこまで見ているなら、メッセージが来ているはず」

 可能性なんて気づかないだけで他にも無数にあるし、絶対とは言い切れない。が、二人を不安にさせる必要はないので、断言しておいた。

 「確かに、そうね」

 「山科さんの下着姿や裸は見られていないってことだ」

 山科さんが少しだけ安心する。

 「でも、そこが少し変なんだ」

 「変って?」

 「家の人にばれずに中に入れるのに、なんで下着姿を盗み見たりしないのか」

 「そうね、確かに」

 「盗撮用のカメラを仕掛けるにしても、ふつうならトイレか脱衣所かトイレのはずだし」

 「何で、そんなことわかるのよ」

 「いや、男の勘だよ」 

 「ほんっと、男子はイヤらしいことばっかり」

 否定はしないが、他の男子と一緒にされるのもいやなものだ。それに、風呂は見たいとは思うが、トイレは見たいと思わない。

 「しかも、メッセージは文字だけだよな」

 「スタンプがついているときもありますが、写真はないです」

 写真がないなら、どこかから情報を得ているということになる。

 「やっぱりね。これはつまり、ストーカーは家には入って来てないってことになる」

 「でも、それだと、食事や起床時間、パジャマとかわからないわよね」

 「知る方法がないわけじゃない」

 「ええっ」

 また二人してガード。

 「念のために聞くが、山科さんの家族は?」

 母親と二人ということは情報を得ていたが本人からも念のため聞いておこう。

 「母と私だけで住んでいます」

 「お母さんが、関わっている可能性は?」

 「それはないです」

 「そうだよね」

 「そうすると、家の中に何か仕掛けてあるわけではないな」

 「外から見られているんですか?」

 「うーん、それも違う気がする。壁に耳ありかもしれないけど、わからないな」

 「音を聞いているとか?」

 「音ではそこまでわからないだろう」

 「障子に目あり。ってことで、どこかに穴が開いているとかは?」

 「いや、外から見る方法があったとして、それでもやはり、トイレかお風呂・・・」

 睨まれた。もう、いいって。

 「ストーカーは、もしいたとしても、部屋の中には来てないし、壁に穴もあいていないだろうな。そうすると」

 IoTや無線機器の状態を確認しておく必要があるな。

 「情報家電か何かを利用して、家の内部の情報を得ている可能性が高い」

 「そんなことができるんですか?」

 「不可能じゃないけど、めんどくさいし割に合わないので普通はやらない」

 「普通じゃないとやるの?」

 「条件が揃えば誰でも可能なんだ。偶然であっても、その条件をクリアした人が怪しいかもしれない」

 「条件って?」

 「いろんな可能性があるから、一度、山科さんの家の中を見せてほしい」

 「いきなり女子の家に上がるつもり?」

 「来てもらって私は大丈夫です」

 「そっか、私もいることだし、こいつが怪しい行動をとらないように見張っておくわね」

 「ありがとうございます」

 微笑む山科さん。天使だ。

 「じゃあ、支度しなさい」

 「えっ、今から?」

 「そうよ」

 「今日はもう腹減ってきたし、帰りたいんだけど」

 「何言ってるの。ストーカーを放っておくつもり?」

 「わたしは今日でも大丈夫です」

 山科さん。やっぱり天使だ。腹の虫より天使の笑顔。

 「さあ決まったわね。ほら急いで」

 浅川を先頭にして、三人で部室を出た。