アリスの創作広場

小説家志望のアリスです。作品はフィクションです。実在の個人、団体、法令、法則とは一切関係ありません。

白い闇1

 出生率こそ1.2よりは下がらなかったが、日本では少子化が定着して久しい。子どもは社会の宝であることを前面に押し出すような法律も制定された。以前に比べれば、格段に子育てはしやすくなったと言える。それでも、自分の生活よりも、見ず知らずの子を優先するという気持ちにはなれない。

 そのような中で、新生児誘拐事件のニュースが聞こえてくるようになった。新生児の誘拐事件に人々は慣れてきた部分もあるが、先月におきた新生児集団誘拐事件は誰の目にも異常に映った。

 事件が起きたのは東京多摩地区の産婦人科の病院。産科医院への助成金を利用して三年前に開業した新しい病院だ。ベッドは30あり、産科の患者が主だった。出産後、一週間前後で退院していく母親が多い。

 事件当日もほとんどのベッドが埋まっていた。新生児は18人いたが、半数ちかい7人が消えていた。

 消えていたのは新生児だけでなく、看護師三名と医師一名。医院開業当時から勤務していたが、免許も偽造で調べでいずれも実在しない人物であることがわかった。大量の医療機器、薬品も同時に行方不明になった。組織的な犯罪の可能性が高かったが、多摩地域に事務所のある反社会的勢力とのつながりはまだ見つかっていない。

 所在の分からない医師、看護師が何らかの事情を知っている、あるいは犯罪に関与しているため、重要参考人として指名手配されている。しかし、一か月が経っても有力な手掛かりは得られなかった。

 

 ◇

 

 「三年前のあの事件のときは、本当にびっくりしたわ」

 「去年の、集団蒸発事件?」

 「それそれ。千恵ちゃんここが来る少し前だったわよね。何か私もあのときは仕事にくるのも怖かったわ」

 先輩看護師の典子に言われて、あの頃を思い出す。千恵が、まだ看護学校に通っていた時だ。家族や知り合い全員が私のことを心配してくれていた。確かに、私の通っていた看護学校は事件のあった病院の近くだが、学校の近くの病院で働くと決まっていたわけではない。千恵にとっては、自分とは関係ない世界で起きた単なる事件といった程度だった。

 多忙な日々で事件のことも忘れていたが、先週、千恵の勤務する病院でも新生児が失踪する事件が起きた。院内をくまなく探しても赤ちゃんは見つからず、警察に通報しようとしたときだった。失踪の数時間後に赤ん坊が戻ってきたのだ。

 

 ◇

 

 以前にも、赤ん坊が移動したという話を聞いたことがある。もちろん、赤ん坊が自力で移動できたりはしないので、誰か他人の手によるものだ。肉親であっても無断で新生児室には入れない。病院関係者が何らかの理由で動かしたのかもしれないが、その理由が想像できない。

 生後間もない赤ん坊を区別するのは難しく、腕にタグをつけているが、タグがはがされた様子はなかった。警察に相談したこともあったが、管理を厳重にするように言われただけで、警察関係者が警備や巡回に来ることもなかった。

 千恵の病院の設立には振興の宗教団体も出資もあり、団体関係者がこの病院で出産をすることがあるが、関係あるとも思えない。ただ、団体関係者は退院時に、新生児に独特の白い布を着せていた。教団の紋章らしきものがついた布だった。