アリスの創作広場

小説家志望のアリスです。作品はフィクションです。実在の個人、団体、法令、法則とは一切関係ありません。

エヴェレットの多世界解釈

エヴェレットの多世界解釈

 「シュレーディンガーの猫」について、耳にしたことがある人もいるだろう。シュレーディンガーオーストリア理論物理学者で、量子力学の研究で有名だ。波動方程式という形で、極微の粒子の振る舞いを説明することに成功している。極微の代表は電子だ。電子には不思議な性質がある。普段は、霧のようにぼんやりとした存在なのに、写真を撮る、つまり位置を確認すると、ランダムの一点に「収縮」するという性質だ。

 密室に一粒の電子を投げ込んだとしよう。ぼんやりと見ていると、部屋の中が霧に包まれている。電子の姿は見当たらない。霧は濃い所もあるし、薄い所もある。写真を撮る。その瞬間、霧が晴れ、部屋の入口からわずか一歩のところの電子が映る。続けて写真を撮ると、何枚撮っても、同じ場所に電子がある。

 別の電子で試してみると、こんどは、部屋の奥に電子が映る。連写しても、電子は部屋の奥にずっとある。電子を交換していくと、ばらばらな場所に映るように見える。ただし、霧が濃かった部分ほど映る確率が高い。霧の濃さが、電子の存在確立を表している。その確率を方程式の形で表現したのが、シュレーディンガー波動方程式

 極微の世界は確率に支配されていることがわかっている。だが、極微の世界と異なり、ある程度の大きさを持つ日常世界は確率に支配されているようには見えない。なぜだろう。ここで、猫を使った思考実験を行った。

 箱の中に猫がいて、箱の外からは中の状態がわからない。50%の確率で猫が死ぬ仕掛けを箱の中に入れる。箱を開けると、猫の生死がわかる。では、箱を開ける前の猫の生死はどうなっているのか。

 あくまでも思考実験なので、猫である必要はない。箱でなくてもよい。死ななくてもよい。条件として必要なのは四つ。まず、初期条件で猫の生死は確定しない状態である(さいころは転がし方で目を操作できる、つまり実験開始前に確率が判明しているので不可)。箱の中の状態は確率で決まる(50%でなくてもよい)。箱の内外で情報のやりとりがない(猫の体温を外部で測ったりしないし、外部から箱を激しく揺さぶったりしない)。最後に、情報の判定法(猫の生死)

 猫がかわいそうなら、代わりに、お菓子の箱でも立てておいて、20%の確率で倒れる仕掛けを施しておくなどでもよい。箱でなくても、ビニール袋でも良い。目を閉じていれば、中は見えない。

 さまざまな考えがあるが、「コペンハーゲン解釈」が物理学者の間では広く受け入れられている。実験後に観測するまでは、猫は生きた状態と、死んだ状態の重ね合わせであると考えるのが妥当。つまり、二枚の透明の板それぞれに、生きた猫、死んだ猫の絵を描き、それを重ねて箱の中に置いてあるような状態。「観測」とはランダムに、透明の板を選ぶこと。選ぶ前は二枚が重なっている。選んだら、一枚に確定し、もう一枚は破棄する。

 極微の世界の振る舞いを説明できる量子力学を日常世界へとつなげる試みだが、問題点がある。「観測」によって状態が一つに収束する速度が、光速を越えてしまうのだ。非常に巨大な猫がいるとしよう。銀河サイズだ。光だと横切るのに十万年くらいかかる。その猫を箱に入れて、すぐそばにいる人間が観測したらどうなるか。観測した瞬間に、猫の状態が収束する。それは、銀河サイズであっても、一瞬で。「観測」という情報が、光速を越えて、銀河サイズまで届くことになる。明らかにどこかに間違いがある。

 また、観測するのが人間でなく、サルなら、ネズミなら、ハエなら、機械ならどうなるのだろう。「観測」という行為は、箱の中に影響を与えない行為と思えるのに、観測することによって、箱の中の可能性をひとつ消してしまうことになる。これはどういうことだろう。

 これら問題点を解消する一つの解釈として、「多世界解釈」がある。50年以上前に、数学者のエヴェレットが提唱したものだ。猫の生死の状態が重なっている状態から、観測によって猫の生死が決まる。それは、二枚の板のうちの一枚を選ぶことになるが、もう一枚も別の世界(あるいは宇宙)として残るというものだ。あり得たかもしれない別の可能性ともいえる。その二つがともにどこかに存在し続けている。たまたま、生きた猫を選んだ観測者は、生きた猫と一緒に居る世界の人間。だが、猫が死んでしまった世界にも、観測者がいる。観測者は「神の視点」で観測することはできない。観測者自身も実験対象の一部を成している。

 この解釈だと、「観測」という情報が光速を越える必要もない。さらに、「ミクロ」の世界の量子力学によるの確率的な振る舞いが、日常生活の「マクロ」な世界も記述できることになる。

 

 多世界解釈量子力学以上に奇妙だ。観測するたびに世界(あるいは宇宙)の数が増えていくことになる。観測ごとに増え続ける。インフレーションだ。

 今、ここにある世界から、他の世界の状態を知ることはできない。情報のやり取りができないので、仕方ない。この多世界解釈を実証するのは困難かもしれない。だが、ありえたかもしれない別の可能性が存在し続けるなって、なんとロマンチックなことだろう。